道を早足で歩く人間がいた。
表情は普通なのだが、彼の纏っている雰囲気がどこか普通じゃなく周りは遠巻きながらに歩く。



「黎深様め。絶対に邵可様に言いつけてやるぞ」



手には午後から行くつもりだった邵可邸へのお土産を風呂敷に入れ持っている。
量があるので両手で持っているが、急いで行きたいときに限って嵩張る物を持っているのだ。

あれから、黎深から黎深が伝えたかったであろうことを聞きだすまでに時間がかかった。
彼が一旦壊れ始めると手がつけられない。
自分はまだ彼に対応できる方だと思うのだが、それでも、彼を落ち着けるまで時間がかかる。
何とか彼から聞き出したあとすぐにお土産として目をつけていたものを買って邵可邸を目指しているのだった。



「ついた……」



邵可邸につくと挨拶もなしに扉を開く。
普通は挨拶をするのだが、今はなりふり構っていられない。
それに、邵可ならびに秀麗から別にかまわないと言われている。
それさえ盾に取れば静蘭だって何もいえないから大丈夫だろう。
なんて、考えながら人の気配のする方へ歩いてく。

部屋の中には4人……間に合わなかった、か。
だけど、もしかしたらという期待を胸にその部屋の扉を開いた。



「金、五百両じゃ!」

「やりますーー!!
 なんっっでもお任せくださいっっ」

「ならば、静蘭殿には一時的に羽林軍に特進し、主上付きになっていただく。
 秀麗殿、そなたは後宮に入って、王の妃になってもらいたい」



開かなければよかった。
終わった後で訪ねて諦めればよかったかもしれない。
なんて考えても後で悔いるから後悔なんだ。
じゃなかったら、今の秀麗の表情も違ったものなっていただろうし。
諦め気味に微笑みながら言葉を発した。



「すいません。来客中でしたか」

「ああ、久しぶりだね」

「邵可様、お変わりないようで幸いです」



あまりの衝撃だったのか分からないが、秀麗と静蘭はこちらに気がついていなかったようだ。
秀麗にいたってはをみて口をパクパクさせている。



「ん?主はではないか?」

「…おじいさんお久しぶりです。
 最近、お店に来ないので従業員一同ポックリ逝ってしまったんじゃないかと噂していたのですよ?」

!!
 貴方、朝廷三師である方におじいさんなんて馴れ馴れしく!!」



ようやく復活したのか秀麗は言った。
は秀麗の様子に苦笑して、霄太師をみた。
霄太師は軽く胸を張っているようにには見えた。



「そういってもね秀麗姫。
 今日まで名前さえ知らなかったんだから、おじいさんとしか呼べなかったんだよ。
 本人も何も言わなかったし。別に問題ないんじゃない?
 それに、今更彼に対して敬いの態度をとれというのは少し違う気がするし」

「一応あの店の常連なんじゃがの」

「常連客も一見客もお客様はお客様。
 名前を言わないおじいさんがいけないんですよ。僕は再三聞きましたし。
 お店で名前言わない限り僕はずっと『おじいさん』と呼びますからね」

「ん?ところで、なんでお主がこの家におるのじゃ?」

「唐突ですね」

「唐突に現れた主が言うことではないじゃろ」

「仰るとおりで」



諦めたように肩をすくめる
邵可は笑顔で、秀麗は内心ヒヤヒヤとしながら、静蘭は我関せずの表情で

と霄太師の反応を見ていた。



「今日は久しぶりの休日で、
 古くからの知り合いである邵可様のご家族と前からの約束がありましたので来たまでです」

「主、遠まわしにわしの事責めてないか?」

「気のせいですよ。
 そう聞こえるなら、貴方の心に一物あるからでしょうね」

「ぬ……」

「おじいさんも居ることですし僕はもう少し時間を潰してきますよ」





は部屋に居る全員に向かって一礼して出て行こうとした。
だが、腕が掴まれてしまった。
誰が掴んだかは分かっていたが驚いたように振りかえると腕を掴んでいるのは霄太師だった。


の腕を掴んでいる霄太師は、自分でも何か分からないような表情を一瞬だけした。
だが、その表情は本当に一瞬だったために

以外の者は見れなかったのだった。



「どうしたんですかおじいさん?」

「そうじゃ、お主。あの料理屋辞めて王宮の庖丁にならんか?」

「…………は?」

「秀麗殿のように一時的ではなく正規雇用じゃ」

「……え?」

「どうじゃ。庖丁としては腕が鳴るじゃろ?」



部屋の空気が凍っている気がする。

はそう考えながら霄太師を見た。
霄太師はなにを考えているのか分からない笑顔を顔に貼り付けていた。



「引き抜き……ですか」



そう呟いて、そういえば店を出る時店長がにやけていたのを思い出した。
もしかしたら、元々店のほうには話が通っていたのかもしれない。
嫌な話だが、うちの店長と霄太師は知り合い同士らしい。
この2人が手を組んでいるのも考えられる。



「ちょっと!!良い話じゃない!!」

「秀麗姫……」



困ったように秀麗をみる
その様子にはその話が嫌なのかしら?と内心思う秀麗。
は静かに邵可を見た。
邵可はなにも言わず、笑顔でこちらを見ているだけだった。



は少し、諦めたように溜息をつき霄太師に返事をしたのだった。








next




inserted by FC2 system