秀麗が後宮に入って無事彩雲国の王である紫劉輝と府庫での勉強会をはじめて10日は過ぎた頃。
この環境での勉強も慣れ初めてきた。
絳攸が出す宿題の量は多いがとても楽しいし、劉輝だって今まで勉強をあまりしてきてない割りに頭がキレる。
府庫での勉強会は近くに父である邵可もいる。
主上と秀麗の護衛のために紅家の家人でもある静蘭に楸瑛もいる。
いわば秀麗にとっては完全安全区域(ある程度の猫かぶりは必要)なのだ。
勉強の合間の休憩で、ふと息をつくとそれまで目先の忙しさに四苦八苦してしまい考えていなかったことを秀麗は思い出した。



「父様そういえば、は元気でやってる?」



本当にふと思い出したので聞いて見る秀麗にを知らない3人は不思議そうな顔をした。
短い間であるが秀麗や邵可からその名前がでたことはないし、そんな名前の官吏や武官それに貴族は記憶しているところにはいない。
そんな様子も気がついたのか、そうじゃないのかは分からないがいつもと変わらない調子で邵可は答えた。



「たまにうちに来て野菜の世話や掃除をしているみたいだね。菜も机に置いてあることがあるし」

もまめね」

「お嬢様が大切に育てていた野菜たちの世話を、が世話をしないという選択肢がにあるはずないんですけどね」



邵可がが当たり前のように無人の邵可邸に出入りしていることをのほほんと言うと、秀麗は気にした風でもなく言葉を返した。
その会話を紅家の家人でもある静蘭でさえ気にしていないのか、2人の会話に入っていった。
警戒心が強いであろう静蘭にさえ、無人の家を出入りしているという人物に注意をしていない様子を楸瑛は驚いた内心を悟られないように表情を繕った。



「邵可様、そのという人物は紅家の家人かなのですか?」



何気ない風で聞いてみると、邵可は苦笑し秀麗は首を傾げ静蘭は眉を寄せた。
その3人の反応にますますという人物がどういった人間か分からなった。
絳攸も尊敬する邵可の家に勝手に出入りできる人物ということで、羨ましいが自分の養父である黎深が黙っていないだろう事が想像できその人物に同情した。
勝手に邵可邸に入っているということはかなりの報復を受けているだろう。
いや、受けている。



「……家人ではないわね」



秀麗が唸るように言うと、邵可と静蘭も頷いた。



「じゃあ、どういった人物なんだい?」

「料理処『花壇』の副料理長ですね」

「物心ついた頃には近くにいた人ですかね」



楸瑛が言うとほぼ即答のように静蘭と秀麗が答えた。
花壇の名前が出るとぎょっと楸瑛と絳攸は目を見張った。
そんな中1人腕を組み何かを思い出すように劉輝は言った。



「花壇といえば霄太師が何か言ってたような……」

「主上もしかして料理処花壇しらないんですか!?!」

「そんなに有名なのか?」



1人きょとんとしている劉輝に楸瑛は答えた。



「有名も何も、この貴陽に庶民から貴族までいつかは花壇の蜜柑の間で食事をするのは夢であり目標なんですよ」

「その蜜柑の間で食事が出来るのは花壇の料理長であり店長である人物と副料理長が許可した人物しかその室に入ることは許されず、
 幾ら彩七家でもその室に入ることを許可されるのはごく一部の人間のみであり、
 また、一般の人間が蜜柑の間で食事を許可されることはその人物が将来有望だという事を花壇が認めた人間と言うことになるんだ」

「過去、花壇の蜜柑の間で食事をした人物達が一様に出世をしたり有名になったことからそういわれているらしいんですが
 それが眉唾のものの噂でなく真実なのが蜜柑の間の信憑性を増しているんです」



官吏でいうなら刑部のだれそれとか、武官なら○将軍とか。
絳攸と楸瑛はそれぞれ互いが聞いた事のある人物を何人か言う。
それが一様にして朝廷内で名が売れている人物たちだったことに劉輝は興味がわいた。



「そのような店があるのだな!余も行ってみたいぞ!!」



楸瑛と絳攸が説明すると劉輝はキラキラと目を光らせた。
逆に2人の説明に驚いたのは秀麗だった。



「ちょっ、ちょっとすいません藍将軍に絳攸様!!」

「秀麗殿どうしたんだい?」

「そっ、その話本当ですか?」

「本当だけど、何か問題があるのかな?」



秀麗が楸瑛の言葉を聞くと顔を若干青くして、『嘘ーーー!!』とか『ありえないーー!!』といい始めた。
不思議に思い、楸瑛と絳攸に劉輝が邵可と静蘭に視線を向けると2人は苦笑していた。
だが、視線に気がついた静蘭がごほんと咳払いをして説明し始める。



「お嬢様は花壇に行くと大抵蜜柑の間に通されるので」

(……あいつは今何を言った)

(いや、聞き間違いの可能性もあよ)

(でも、この話の流れ的にそれはないだろ)



楸瑛と絳攸が目と目で会話をしていると劉輝が声を出した。



「では、秀麗は将来有名になるのだな!」



キキマチガジャナカッタノネー。
2人がそう思いながら静蘭を見ると静蘭もにこりと笑ったまま頷いた。マジでー。
ゆっくりと視線を秀麗に戻すと秀麗は大声は出していないがなにかブツブツと小さく呟いている。
若干怖い。



「もうすでに有名だろ」



もちろん、紅秀麗としてと言うよりは貴妃としてだが。
やはり、『蜜柑の間』の噂は本当だったのかと絳攸と楸瑛は思った。
こんなに身近にいるとは思わなかったが。



「秀麗殿が行った事があるなら邵可様ももしかして……?」



絳攸が若干期待気味に言う。
確かに娘である秀麗が言ったことがあるのだがら父である邵可が行ったことないわけがなく。



「うん。家族で行ったことがあるよ」

「邵可様まで行ったことがあるなんて……。本当に眉唾物の噂じゃなかったんだな」



のことについて聞いていたはずなのに花壇の話になっていることに何故か誰も気がつかなかったのであった。






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