仕事がないというのは思ったより暇だ。
少し前まで古巣だと思っていた部署に帰ってほぼ最初の仕事がこれとはある意味扱使われている。
これだけ暇だと絳攸と楸瑛が主上付きになったころ、府庫に篭っていたのも頷ける。
あの頃は若かったな私。
もし過去に戻れるならもう少し2人に優しくしてあげようそうしよう。

目の前で文字を練習している――本当ならそんな必要欠片もない文字を書く――人物を見る。
室に他人の目があるからかたまにこちらにこれでいいですか?
と、聞いてくるその人にうまくなってきましたねなんて言う。
本当は1人で延々と文字の練習でもする予定だったのだろうその人は、想定外の私の存在に内心舌打ちしているだろう。
まあ、正体を知っているので互いに仕事がしやすい人間に見られている程度の認識でいいのはいいのだが、やはり部署は違うが似たような腹の探りあいをする仲なもので居心地は少し悪い。
それさえも私が個人的に彼に苦手意識があるからからなのだろう。


「礼部侍郎だった人に見てもらうと上達が違いますね」
「努力の成果でしょう」


周りが不審に思わない程度のちょっと棘のある会話。
紅秀麗効果か知らないがたまに他の冗官も私の周りに集まって吏部試の助言を求めてくる。
暇だったのと、特別苦でもなかったので教師役をしていると周りの冗官からふざけてだろうが師と呼ばれるようになった。
そんなに呼ばれるほどのことはしていないので、やんわり呼び方を改めてと言ったらきっぱり拒否をされた。
それぐらいきっぱり拒否できる態度を吏部試でも発揮してもらいたいものだ。


師、添削お願いします!」


今日もまた1人の冗官が吏部試の助言を求めにやってきた。
緊張気味に少し言いづらそうな口調でやってきた彼は、前に言葉遣いを注意した冗官だったのを思い出して微笑みながら差し出してきた物を受け取る。
それに目を走らせて添削していく。


「言葉遣い気をつけているみたいだね」
「はい、普段から心がけています」
「吏部試が終わったら今までみたいなの口調で話しかけてくれるのを今から楽しみにしてますよ」
「はい!」


その後口頭文章を注意したあと彼は室をでていった。


「師ですか……。慕われていますね」
「そんなご立派なものではないんですけどね」
「いやいや、ご謙遜を」


これは何を言っても褒められるくだりなんだろうと気付き苦笑で言葉を止める。
そうすると今は変装している彼も苦笑で返してきた。
さっきの冗官がいなくなってから少しすると室の中には紅秀麗と私達2人だけになっていた。


様、楊修さん休憩しましょう。私お茶淹れてきますね!」
「ありがとうございます秀麗さん」


私も手伝うという前に楊修の声にさえぎられた。
はじめに席を立っていればよかったのだが、秀麗殿に見られない位置で目の前の人物に足を踏まれている。

思いっきり踏まれているわけでもないので怒るのもなんだかな、と思うぐらいの踏み方だ。
だけど、確実に立つことは阻止してくる。
何がしたいんだこの人。思わずじろりと見るとしれっとした態度でこちらを見てくる。
先ほどまでのちょっと芋っぽい人物とは思えないぐらい出来る人な雰囲気が漂っている彼に私は溜息をつくのであった。


「吏部の方足が痛いです」
「ああ、失礼」


楊修と言い清雅と言いどうして私はこんなに出来る人から嫌われるんだろう。
地味にじゅわじゅわと来る精神的攻撃もかわしつつ早く秀麗殿が帰ってこないかと天に祈った。








 

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