まるで仮面舞踏会のようだ。
なんて考えても誰もがそんなことを考えているとは思わないだろう。

文字の練習をしているあの人。
うそ臭い笑顔を貼り付けているあいつ。
仮面を被っている人数は少ないが、その人物たちの濃度を考えればその人数だけで舞踏会だって開けるだろう。

の存在を認識してなおかつ、の今迄の地位を知っている者は驚いたようにをみていた。
だが、は特に気にせずに自分に気がついていない他の冗官たちを叱り飛ばしながら見送っている彼女に近づいた。

彼女は自分のことを相談に来た冗官だと思ったのか、少し睨むようにこちらをみた。
まあ、それは今迄の冗官たちが情けないからだろうが、その少しイラついているような睨みから
驚きの表情に変わるまではそこまで時間はかかっていなかった。
素早く変わった表情に、ああ、懐かしいな。何て考えるが、はそこまで彼女とかかわっていなかった気がする。

彼女が自分を覚えているという確信に近い感情は持っていたが、本当に覚えているとは嬉しい限りである。
一応、雀の涙程に目にかけていた彼女は当時とても甘くとても愚かですぐにでも手折られそうな蕾だった。
茶州に行って多少成長したのだろう。
短い間であったが尊敬する浪燕青様に鄭悠舜様にいろいろ学んでいたのだ。
成長していなければ普段は、自分に関係なければすべて捨て置くだって
彼女ともう1人の州牧だった少年を殴りに行っているかもしれない。

どうして、ずっと転属願いを出していた私が茶州に行けなくて
進士だった貴方たちがあまつさえ私の尊敬する二人を部下に持ってるんだ。
私だって、御史台にいた時にだって茶州に行きたいと長官にずっと言っていたのに。
どうして、茗才なんだ。私だって国試受かってるし。
絶対私が長官に会うたびに茶州に行かせろって言っていたから礼部に回されたんだ。



「久しぶりだね。紅官吏」

「えっ……何でこんなところに侍郎がいるんですかっ!!!」

「だって、私冗官だし」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」



彼女――紅秀麗――は叫んだ。の考えていることなど知らない彼女はのん気に叫んだ。
女の子の声だからまだ許容範囲だが、
これが女性特有の甲高い声だったり男の野太い声だったらは耐えられなかっただろう。
煩いのは煩いのだが。



「どうして、侍郎がこのような場所に?」

「侍郎は止めてください。私はいまは冗官ですからね。君と同じですよ」



清雅が問うとは苦笑気味に答えた。
互いに内心、相手の猫かぶりに気持ちが悪いなんて考えていたりした。
そして、互いがそれを了承していた。



「でっ、でも、礼部の侍郎だった方が冗官だなんてっ!!!」

「おや?それなら、茶州の州牧だった貴方が冗官になることの方が珍しいでしょうに」



秀麗はそういわれて押し黙った。
まあ、州牧というのは任官されたら将来的に各省長官になることを約束されたも同然の地位。
それが、冗官なんて普通ならありえない。
だけど、そんなありえないがありえたのは彼女。
民を救うために大立ち回りをして綱渡りをして、走り回って茶州に未来を与えた一人。
でも、今は冗官。



「貴方が茶州にいる間にいろいろありまして。
 なんだか、わけのわからぬまに冗官になってしまいまして……」



少し困ったように言うとそれで納得したらしい秀麗は『そうですか』といった。



「でも、官吏って侍郎だったんだろ?
 おじょーさんのは理由がはっきりと無理通したからだって分かるけどさ」

「なんだか、うん。
 えっと、まあ、理由はどうであれ、
 とりあえず皆さんお名前を伺ってもいいですか?私だけ、知らないんですよね」



室にいる全員が思った。
『あっ、話を流そうとしている』



「まあ、言いたくないんだったらいいけどね。俺、榛蘇芳」

「僕は陸清雅といいます」

「そちらの方は?」

「わっ、私ですか?私は楊修と申します」



それに、続くように部屋に残っていた冗官達が名前を言っていく。
一通り自己紹介が終わった後、は自分の名前も言わないといけないような雰囲気があることに気がついた。



「えっと、私はと申します。
 皆様のお名前を聞いたのはいいのですが、一気には覚えられないので
 忘れてしまうこともあると思いますので、その時はどうか寛大なお心で接していただけると幸いです」





inserted by FC2 system