「確かにさ、確かに私は君たちと違って左遷された訳ではないですよ。
 そりゃあ、多少裏技使って左遷を回避しましたよ。
 でもね、私には貴方たちと違って明日も仕事があるんですよ。
 急に手紙一つできた私に対して何か一言ないんですか?
 別に、良いですけどね。良いですけどね



夜、府庫に来い。
それだけが書かれている手紙が急に届いた。
急なことなので、とりあえず夕方家に帰ってゆっくりとしてから晩ご飯を食べて次に日用の
着替えを持って家から府庫に向かい、とりあえず、物陰に隠れている二人に話しかけてみた



「良いだったらグチグチ文句を言うな!!!」

「まあまあ」

「くそっ、離せ楸瑛!!
 こいつは一度殴らねば気がすまないっ!!!」

「まあまあまあまあ」



楸瑛に押しとどめられている絳攸は今にも手の周りにあるものを投げたそうだった。
だが、一応将軍の楸瑛がそれを何とか止めている。
はその様子をみてはんっと鼻で笑うと、絳攸はまた烈火のごとく怒り出した。

ふと、さきほどまで2人が見ていた先を見てみると机の上にはなにやら変な物体がおいてある。



「そもそも、これなんですか? 煎餅? おいしいの?」



そういいながら平たくてなんだかなにか分からないものを手に取る
さらに絳攸が何か叫んでいるところを見ると、これは絳攸が持って来た物らしい。
食べ物らしいので一口食べる。



「甘いなぁ……もしかして煎餅じゃなかっんですね。
 これは饅頭ですか? もしかして絳攸の手作り?」

「だったら何が悪い!!」

「別に誰も悪いなんていってないよ絳攸」



急いでお茶を人数分淹れて、飲みながら煎餅のような饅頭を口に入れていく。
自分で作り方を研究したのか、それとも邸の人間に聞いた程度で作ったのか……。
正直言ってしまうと、邵可様のお茶よりはましだがそれに近いものを感じる。
悪意がなくやっていると言う意味合いでだ。それにしても、絳攸の饅頭作りの腕は上がる。
努力家なのは昔から知っているし、がこれだけ言ったので負けん気が強い絳攸は頑張って饅頭を作るだろう。
それに、これ以上下手なものは作ろうと思っても作れない。
庖厨が爆発するぐらい意味の分からない菜の腕を持っている人間ではない限り。

考えながら二つ目の饅頭を口に含む
それにしても、不味い。小さく呟けば絳攸が我慢するように拳を握っていた。
内心、怒りの言葉が渦巻いているだろう年下の友人には笑顔で言った。



「大丈夫大丈夫、いくら材料の無駄遣いだと思おうが楸瑛が食べてくれるよ。
 楸瑛は普段から良いもの食べすぎだから、ここで一つ味覚を良い意味で覚醒させるべきだしね。
 それに、絳攸が煎餅饅頭なんて素敵なものを作った理由はどうせあの人のせいでしょ?
 余ったら彼に食べさせれば良いと思う」

「貴様はっ!!
 それは確かに、半月前から黎深様に作らされている饅頭だがこれは貴様らに食べさせるために作ったのではないっ!!」

「じゃあ、どうして饅頭が?」



それに、半月って君大丈夫?
この饅頭は最初の頃から進歩しているわけ?
もしかして、ずっとこの煎餅饅頭作ってたの?さっき考えた君への評価返してよ。
疑問が頭の中に溢れるが、話がこれ以上脱線しないようにはぐっとこらえた。
彼をからかうのは楽しいが、このままでは夜が終わるまで延長戦になる気がする。今間の経験からいって。


「幽霊用だっ!!」

「はぁ?」



少し呆れたように声を出すと、楸瑛がの内心を悟ってくれたのか説明してくれた。



「邵可様から府庫に幽霊が出ると聞いて、邵可様に害がないように幽霊退治を自主的にやっているんだよ」

「では、どうして饅頭なんですか?」

「それも、邵可様からの情報で幽霊は饅頭が好きだと聞いたから絳攸が持ってきたんだ。
 それに、が来る前に幽霊がきてね。不味いと言って帰っていったよ」

「幽霊ってお供え以外も食べられるんですね」



感心したように呟くに2人はそういえばといった風に首をかしげた。






幽霊退治二日目。
どうやら、悪霊だったら追い出す方向に話がまとまったらしい。
これまた邵可様の鶴の一声だったと楸瑛は言っていた。
は昨日と同じく置かれている、明らかに絳攸が作ったんじゃない饅頭を見て微笑んだ。
手作りらしいあれは邵可様から時折もらうものだとも分かっていた。
これで幽霊も捕まるかな?と思っていると室の中に誰かが入ってきた。

打ち合わせどおりに以外の2人は幽霊に飛び掛った。
一応、も飛び掛るはずだったのだがなんとなく嫌な予感がしてその場に留まったのだが
それがあたりだったようで、2人が飛び掛った人物はなんと朝廷三師といわれている霄太師だったのだ。
最近でもないが、舌先だけで彼の任命を断った手前しばらくは霄太師には貸しも借りも作りたくない。
そう、これもまたなんとなくかの爺さんはこちらに興味を持ってしまったかもしれないのだから。
これ以上目をつけられる行動は抑えないといけない。

がそう考えて、宋太傳が出現して絳攸の首が飛びそうになろうが楸瑛がどうにかしてくれるだろうと傍観していた。
いや、文官である自分が宋太傳の突然の剣戟に対応できなかったというのが正確な表現だ。
そろそろ、王を無理やりにでも動かすらしいと言うことがわかって二日目は終わった。







時はさらに過ぎて幽霊退治六日目。
四日目からは府庫に仕事を持ってきて別室で待機していた。
仕事に支障がありそうだから、と言うと今の時点で仕事がない二人は快く許可してくれた。
楸瑛は気遣ってくれてこなくても良いと言ってくれたので、言葉に甘えようと思ったら絳攸に断固拒否された。
何が何でもこちらを巻き込みたいらしい。

それにしても、礼部侍郎になってから良いことがない。
としては毎月一回は送っている吏部への転属願いが受理されることを毎回のように楽しみしているのだが、
思いは届かずいつも却下される。魯官吏が居るから礼部に居るけど、彼がいなくなったら朝廷を辞してやる。
本気でそう思って茶州に思いを馳せているのだが、どこから聞きつけるのか前にいた部署からの帰って来いという
手紙をこれまた毎月一回は届いている。それも転属願いを吏部に出した次の日にだ。

まあ、御史台にそんなこといっても仕方がない。
彼らはある種、情報という情報を端から端まで目にするのが仕事みたいなものだ。
こそこそと出しているわけでない転属願いの情報ぐらいすぐに掴んでしまうだろう。

それにしても、徹夜続きのせいで絳攸は幽鬼のような外見になりかけている。
その姿は痛々しささえ感じられるのだが、はあえて止める言葉を口にせずにいた。
こちらもそれに付き合って徹夜続きなのである。多少の意地悪ぐらい多めに見て欲しい。
それに、これもまた邵可様の鶴の一声で今日で幽霊退治はおしまいになるのだ。
徹夜の仕事のお供になっている邵可様の娘さんのお饅頭がなくなるのは寂しいのだが、
そろそろ、家人達が帰ってこないに対して不満を抱き始める頃合なのでよしとする。

ふと、外をみると雷が鳴った。
幽霊が出るまで書棚に隠れているでろう2人が動いた気配がする。
とりあえず、筆をおきそちらに向かってみると、
上衣を脱いでいる友人2人にその友人の上衣で髪を拭いている雨で濡れたであろう女性が1人いた。
それに、堅物で女性嫌いである絳攸がその女性にぺたぺた触っている。

なんだ、このある種の異空間は……。
唖然とした風にが見ていると、楸瑛がぺらぺらと話していた幽霊退治について話終わっていた。
楸瑛が府庫を出ると暫くして、はとりあえず見知らぬ女性と絳攸の側に寄っていった。



「これもお使いくださいまし」

「すまぬのう」



女性はの上衣を受け取り、肩にかけた。
その時、彼女をみると彼女の衣も髪も乾いていた。
縹家か……。がそう思って女性をみると、目と目が合いその女性はなにか含みを持って微笑んできた。



「そなたは………」



女性はをみて何か言いかけるが、ふと口を噤んだ。
肩にかけているの上衣を女性は軽く握って、驚いたように上衣を見てからをみてを軽く睨んでくるが
が意味が分からないと肩をすくませると彼女は絳攸との会話を再会した。

彼女と絳攸が少し会話をしたあと、楸瑛が帰ってくるとほぼ同時に女性は府庫から雷とともに消えていった。




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