貴妃が後宮に入ったらしい。
残念ながら、貴妃関係の仕事はすべてじゃない侍郎が受け持っている。
風の噂、というか、最後の確認程度に聞いていただけなので
興味も無く右から左へ受け流していたはその人物について知らなかった。
それに、知る気も無かった。


興味ないですし。
それに、仕事じゃないし。
これってもしかして、礼部呆けかなぁ。


なんてのん気に考えていた。
礼部には良い感じに頭が軽い方々が固まっている――まともな方も数々いらっしゃいますけど尚書が尚書ですから――
ので、彼らに感化されてしまったのかもしれない。
これでは、前の部署に居た一応部下だった人間に馬鹿にされること必須だ。
どう罵られるか考えただけで軽く涙が出そうだ。
まあ、本人の前では平気なふりをする。
たぶん、まだばれていないだろう。…………たぶん。


で、なんでがそんなことをつらつら考えているかと言うと
それなりに理由はある。
理由はあるが現実を見たくないのが彼の今の心境。

だが、冷静に考えて自分から動き出した方が状況は変わる可能性があるだろう事は分かっていた。
分かっているが、行動に移すのが億劫だ。


目の前にいる、少し困り顔で自分を見ている明らかに紅色の衣装を纏っている少女。
彼女に関わる事はないと考えていた。
というか、関わるはずないだろうと考えていたにこの状況は辛すぎる。



「はじめまして、何故女官殿が府庫に?」



苦笑気味にが言うと、彼女は驚いた表情を作った後わたわたと慌てだした。
見ていて面白いが、彼女の身内と今の身分を考えるとが慌てたいぐらいである。
いくらか慌てた後、彼女は振り絞るように言ったのだった。



「すっすいません!!」

「いや、謝られる様な事は貴方はされていないでしょう。
 女官殿が、邵可様の娘さんが府庫にいても私は怒りませんよ。
 さあ、そんなところで立っていないでこちらにお座りくださいな」

「父様を知っているんですか?」



彼女はそういった後でがつけている珮玉をみてぎょっとしていた。
その途端、しずしずとが進めた席に座る彼女はさすが紅家のお姫様と言った感じだった。
さっきまでの行動と差し引いてもそう思う。



「私はと言います。若輩ながら礼部の侍郎という大任を任されています。
 邵可様の娘さんのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「紅秀麗と申します」



どこかほっとしたような様子の秀麗には内心どきどきしていた。
秀麗の体面を考えて彼女が貴妃だと知っていることを黙っているが、彼女は貴妃だ。
身分は明らかに彼女の方が上。
邵可様の娘さんだからと言って、彼女が邵可様のような性格かは分からない。
それに、邵可様とは特別親しい間柄と言う訳ではない。


背筋に汗が………。


そんなことを尾首にも出さず、秀麗と他愛もない話をする。
彼女もそこそこ邵可様のような性格らしい。
あぁ、良かった。
なんて考えているのはにしか分からないことであり、
これからは極力この時間帯に府庫に来ないようにしようと思ったんもにしか知らないことである。



「ところで、秀麗殿」

「なんでしょうか?」

「その手に持っていた物には何が?」



他愛もない話の延長で聞いて見ると、
秀麗はすっかりこちらに害意がないと思ったのか、少し親しげに悪戯そうな微笑をこちらに向けてきた。


この娘さん。大丈夫なんだろうか?
この時間帯は府庫にあまり人が来ないから、何かあってからじゃ遅いんだが………。
自分は貴妃に手をだすほどの度胸も無いが、楸瑛辺りなら度胸もあるし、落とす自信もあるはずだ。


そんなことを、考えていることを雀の涙ほども出さずには不思議そうに首をかしげた。



「まだ、府庫になれていないのでお茶は出せませんが、お饅頭です」



内緒ですよ。
の一言と、ともに懐紙に包んで饅頭を渡してくる秀麗。



「ありがとうございます。
 それでは、お礼と言ってはなんですがお茶の場所をお教えしましょうか?
 ついでに、お淹れ致しますよ」

「場所さえ教えていただければ、私が入れます!!」

「いえいえ、お茶ぐらいは淹れさせてくださいませ」



立ち上がりそうになる秀麗を優しく肩に手を置き制す。
微笑みは忘れない。渋々と言った感じで秀麗は席に座る。


貴妃に茶なんて淹れさせられるか!!!!!


という、内心は雀の涙ほどもださない。というか、出せない。
お饅頭を貰っただけでも内心ドキドキを通り越して、バクバクなのだ。

府庫の中で紅貴妃が居なくなるその時まで、の気が休まることは無かったのだった。




inserted by FC2 system