桜の花の蕾がいまかいまかと春を待つ頃、かの戩華王が崩御なされ劉輝王が即位される前の年の春。
は礼部に持って行く資料を府庫から探していた。
これを探して礼部に持って行ったら帰って良いといわれていたので、
早く帰るために資料を探すがなかなか見つからない。
いつもなら居る筈の府庫を管理している邵可もいないので――と入れ違いに帰っていった――
は自力でその資料を探さなければ成らなかった。


だから、だろう。
1つだけ見つからない資料を見つけるために普段なら行かない棚に足をむける。
他の場所とは少し違う、棚の位置の関係のせいで薄暗いそこに何かがあった。
少し大きめの塊だったので少し驚いて声をあげそうになっただが、それが上下運動をしていることに気がついた。

ああ、人か。
少し安心してその塊――人だが――をまじまじとみる。
官吏ではないのだろう。
明らかに結っていない髪、顔は伏せいていて見れない。
まだ春にもなっていないのにかなり軽装の男だった。
さっきまで寝ていて適当に衣を引っ掛けてきましたよ。なんて言われてもは信じる。


とりあえず、寝ているであろう彼を起こさないようにそっと自分の探している資料を捜す。
すると、すぐに見つかり拍子抜けをした。
その資料を見た後、改めて彼をみる。
もう、日が傾いていて夜に成りかけのこの時期。
暖かくなってきたが、まだ、夜は肌寒い季節にこんな薄着の彼は風邪をひいてしまうかもしれない。

そう考えた後、自分の考えに溜息をつく。
誰が風邪をひこうと自分には関係ないではないか。

関係ないはずなのに、すべての資料が手に入ったはずなのに、はその場から動かずどうしようか考えていた。
彼が今すぐにでも起きてくれれば話は早いのだが、そんなそぶりもみせない。

は溜息を1つついて、その棚から離れた。
とりあえず、資料を持っていこう。
資料を持っていって、それで帰ってきても彼が寝ていたらそれから考えよう。
少し早足で礼部までの道を歩く







が府庫から出て行った後、が見ていた塊がおもむろに動いた。
彼は不思議そうにが立っていた位置をじっとみて小さく呟くが、
その声は小さすぎてすぐに府庫の空気に溶けてしまった。

彼の名前は紫劉輝。
彼が府庫にいるのは邵可に会いにきたのだが、邵可は家族との用事があるらしく少ししたら帰ってしまった。
その邵可と入れ違いに入ってきたのが、さっきまで劉輝の前に立っていた人物である。
邵可を送ろうとしたのだが、その前に人の気配がしたのでとっさに隠れてしまったのだ。
隠れているのだから、見つかりたくなく劉輝は薄暗い棚に腰を落ち着けた。
すぐに帰ると思っていたその人物はなかなか帰らず、
そういえばその人物が帰る邵可と少し話していた事を思いだした。


礼部の官吏だという彼は、確か資料を探していてそれを探したら帰れるらしい。
その資料が量が多いので邵可は探すのを手伝おうかと言っていたが、その人物は丁寧に断っていた。

この棚にきてとっさに寝た振りをしたのだが、
彼は自分を見て少し驚いたような気配を出したが、すぐに持ち直した。
その後、少しだけ視線を感じたが特に劉輝に対して何もしないままにその人物は立ち去っていった。



劉輝はそろそろ自分も後宮に戻ろうと立ち上がろうとした。
だが、府庫に誰か来る気配がした。
誰か分からないが、念のためにまたここで静かに過ごしていたら帰るだろうと考えその場にとどまった。

府庫に入ってきた誰かは迷わずにこちらに向かって歩いてきた。
少し警戒気味にまた寝たふりをする。



「まだ、いたか……」



ポツリと声が聞こえた。
よく気配を読むと府庫に入ってきた誰かは先ほど資料を探していた人物だったらしい。

先ほど邵可と話していた時は、資料を運んだら帰るといっていたのに何故かまた府庫に舞い戻って来た彼。
どうしてだろう、と考えているとふわりと自分に何かかけられた。



「これで、少しは寒くないだろ……。
 冬の間使っていた膝掛けを、まだ礼部に置いておいて良かった」



少し優しい声で呟かれた言葉は、劉輝の耳に届いた。
だが、その言葉を言葉として認識するまで劉輝には少し時間がかかった。

膝掛けをかけたら満足したのか、その人物は静かに府庫から出て行った。
しばらくして、劉輝が立ち上がりその膝掛けを見ると、一枚の紙が膝掛けにはついていた。



『府庫で眠っていた方へ
 まだ、冬の寒さが残る季節。
 おせっかいかとも思いましたが、膝掛けをかけておきました。
 これも何かの縁かと思いますので膝掛けは貴方に差し上げます。
 もし、不要でしたら府庫の邵可様にでも差し上げてくださいませ』



劉輝はその手紙をみて、静かに微笑んだ。
膝掛けを肩に羽織ると、自分が本来寝る場所へと足を向けたのだった。






彼が王になり、その日のことを思い出し
礼部にいたあまり注目されていなかった人物が礼部侍郎になるのは別の話。




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